「呑龍(どんりゅう)さま」の愛称で親しまれる、群馬県太田市の「大光院」。その参道にひっそりと佇むのが、「呑龍文庫(どんりゅうぶんこ)ももとせ」です。
最寄りの太田駅からは徒歩約20分。決してアクセスが良いとはいえない立地でありながら、15年以上にわたり、多くの人に愛され続けてきた日本茶カフェです。
特別な空間で過ごす心穏やかな時間
「呑龍文庫 ももとせ」は、わずか10席の小さなお店。壁一面にはさまざまな書籍が並び、ユニークなレトロ雑貨や茶器が所狭しと並んでいます。
一見すると雑然としているのに、不思議と漂う心地よさ。

格子状の天井や真鍮の床は、いまではあまり見かけることのない意匠で、この建物が長い時間をかけて大切に守られてきたことを感じさせます。
猫の雑貨や本が多いのは気のせいではなく、オーナーの木口和也さんが猫好きだからだそう。
「ももとせ」は予約優先制で来客を受け付けており、利用は1組最大4名まで。オーダーは1時間につき1ドリンク制です。
また、「おしゃべりは控えめに」というお願いもあり、その空気感はどこか茶道の教えを思わせます。

店名の「ももとせ」は、漢字で「百年」や「百歳」と書く言葉。一生を通して「好きだな」「楽しいな」と思えるものに出会える場所でありたいという想いが込められています。
選りすぐりの日本茶と和菓子とともに
「ももとせ」では全国の日本茶を常時15種類以上取り揃えています。
こだわりのお茶は、セットメニューでいただくのがおすすめ。
週替わりの上生菓子と好みの飲み物を楽しめる「ももとせセット」をはじめ、「お干菓子セット」や「お漬物セット」も用意されています。
上生菓子は、隣町である桐生市の和菓子屋「香雲堂」から仕入れており、京都の名店で修行した職人が、「ももとせ」のために腕をふるいます。

取材時は、季節にちなんで、「菜の花」(写真左)と「胡蝶」(写真右)から選ぶことができました。どちらも愛らしい見た目で、お茶の味を引き立てる上品な甘さです。
「抹茶」を注文すると、お好きな抹茶碗を選んで味わうことができます。

抹茶は2種類あり、いずれも京都の老舗「丸久小山園」のものです。

こちらは「お干菓子セット」。
飲み物に「玉露」や「上級煎茶」を選ぶと、翡翠色が美しい宇治の窯元「朝日焼」の宝瓶で提供されます。

取材時は福岡・八女の「おくみどり」の煎茶をオーダーしました。
一煎目はスタッフが淹れたお茶を味わい、二煎目以降は自分でお湯を注ぎ足して楽しむスタイルです。
もう少しお腹を満たしたいときには、こんなメニューも。

桑の葉を練り込んで焼いたオリジナルの食パンに、生クリームとレモンで仕立てたマスカルポーネチーズと粒あんをのせた「桑茶パンの餡トースト」です。
お隣の桐生市は絹織物の生産が盛んな地域。その産業に欠かせない蚕は桑の葉を餌とすることから、桑の葉の生産にも力が注がれています。
抹茶パンとはひと味違う、爽やかな風味で、夏場でも軽やかに食べられそうです。

店内では茶葉の販売もしています。
お店を支える3代目店長の存在
「ももとせ」の店長は、日本茶インストラクターであり、茶道を学ぶ真尾京子(ましお きょうこ)さん。
小さな空間で、いかにお客さまに心地よく過ごしてもらうかを考えることは、「頭の体操になって楽しい」とチャーミングに笑います。

取材中、男性二人組のお客さまを温かく迎えた真尾さんは、ほどよい距離感で接客していました。
滞在のルールをすべて伝えずとも、お客さま自身が自然と空気を察し、穏やかで心地よい時間が生まれています。
「当店は抹茶ミルクやコーヒーもご用意していますが、それらを注文された方でも、茶道の茶会に参加したような気持ちになっていただけるのが理想です」と真尾さん。
その言葉からは茶道へのリスペクトが感じられますが、「ももとせ」と出会う前は、茶道とは無縁の生活を送っていたといいます。

真尾さんが、「ももとせ」に参画したのは8〜9年前。以前は都内のアパレル会社で働いていましたが、地元・群馬にある日本茶カフェの珍しさに興味を持ち、偶然募集していたアルバイトの面接を受けることに。
店舗を訪れたのは、なんとその日が初めてだったそうです。
「実は当時、茶道を毛嫌いしてました。富豪がやるものだと思っていたんです。そんな私を見て、オーナーの木口が目の前でお点前を見せてくれました。すると、まるで手品のようで、とてもおもしろくて……。その日のうちに『茶道をやってみたい!』と、すっかり魅了されてしまったんです」

真尾さんがアパレルに携わっていた理由は、日本のものづくりに関わる職人や工場が潤う仕組みをつくりたかったからだと言います。
一方で、「日本の伝統文化の総合芸術」ともいわれる茶道は、農家、菓子、うつわ、建築、花、書、着物……と、多くの職人たちとつながっています。
茶道が発展すればするほど、伝統のものづくりにも活気が生まれる。真尾さんにとって、お茶の世界はまさに「やりたいこと」と重なる場所だったのです。
新たな道を拓いた真尾さんは、その後、茶道や日本茶について熱心に学び、やがて三代目の店長に就任します。

「おもてなしのヒントはすべて茶道から学んできましたし、そのエッセンスをお客さまにも感じていただけるよう、カフェという形に落とし込むのが今の私の仕事です。満席でも、ふと静かな瞬間が訪れたときには、『これこれ!』とやりがいを感じますね。自分が話したいことだけを話すのではなく、同じ時間にここに居合わせた方を思いやりながら過ごすこと。それこそが茶道の真髄だと思いますし、ここは常にそうありたいと思っています」

「ももとせ」が15年続けてこられた理由
2026年で15周年を迎えた「ももとせ」。長年お店を続けてこられた理由はどこにあるのでしょうか。
「語るのはおこがましい気もしますが……。一つ目は、当たり前のことを当たり前にやり続けてきたことだと思います。お客さまが来なくても、水拭き掃除から始めて、お湯を沸かして待つ。無駄かもしれませんが、真面目に、謙虚に続けている姿勢が、周囲に伝わっているのだと思います」
「二つ目は、恐れずに変化し続けてきたこと。この店舗はもともと仏具屋で、その後は美容室、ギャラリー、サロン……と姿を変え、現在に至ります。どのタイミングでも、“続けるため”に形を変えてきたと聞いています。積み重ねてきた歴史は守りつつも、少しずつ変えていく。新しい場所をつくっていかないと、未来はない。コロナ禍は特に危機的な状況でしたが、テイクアウトを始めたり、1時間1ドリンクオーダー制を導入したりと、新たな取り組みのきっかけにもなりました。500年以上続く茶の湯も、立礼(椅子に座って行うお点前)が生まれるなど、時代に合わせて変化してきています。工夫しながら変わり続けることが大切なのだと思います」

「ももとせ」のInstagramでの発信に注目している方も多いのではないでしょうか。こだわりのトーンで撮影された写真に、読めばどこかロマンチックな気分になるキャプションや、文化的な教養が自然と身につく言葉の数々。一つひとつに手を抜かず、丁寧につくられていることが伝わってきます。

「どの商品やメニューも“アイドル”だと思って撮影しています。写真はももとせが理想とする“静かな空気感”を演出できるよう、あえて彩度を落としています。先日は、SNSをきっかけに北海道からお客さまがいらっしゃいました。和菓子の意味を調べるのは、宿題のようで大変に感じることもありますが、見てくださった方に一つでも発見があったり、素敵な話を知ったと感じてもらえたら嬉しいですね」
店内には「秘密の茶室」も
茶道の精神性や癒やしを、こだわりのお茶と菓子、接客、しつらえを通して、日常の中に溶け込ませる「ももとせ」。
今後の展開を伺うと、「実はこの奥に……」と、本棚の奥に現れたのは、なんと茶室でした。

「ももとせの月額会員の方や、茶道教室の生徒さん、ワークショップ開催時にご利用いただける茶室です。自分のためにお茶を淹れて、自分を癒やしてあげる。自分が満たされていないと、他人に与えることはできませんから。そんな場をつくれるよう、これからも頑張っていきたいです」
滞在する人の心に、自然と茶の湯の心を芽吹かせる「ももとせ」。
日々の疲れを感じている方こそ、少し足を伸ばして、喧騒から離れた心地よい静寂を味わってみてはいかがでしょうか。

店舗情報
住所/群馬県太田市金山町14-7
電話番号/0276-55-5460
営業時間/13:00〜18:00(L.O.17:30)
定休日/火曜・水曜・第一月曜
ウェブサイト:https://momotose.jp
Instagram:@donryu.momotose






