JR渋谷駅から徒歩で約10分、”奥渋谷”と呼ばれる喧騒から離れた落ち着いたエリアにある「NIGIHAYAHI TEA(ニギハヤヒティー)」。2025年4月にオープンした新しいお茶専門カフェです。
店内にはエスプレッソマシンやグラインダーなどのコーヒー器具が並び、一見コーヒー専門店のようですが、提供しているのはすべて”お茶”のドリンクです。

実はオーナーの前寺祐太(まえでら ゆうた)さんは、スペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」で10年以上、コーヒー業界の最前線を走り続けた元トップバリスタ。
そんな前寺さんが心機一転立ち上げた、世界のお茶をまるでコーヒーのように抽出するお茶専門カフェは、コーヒー好き・お茶好きの両方から注目を集めています。
お茶を片手に心地よく過ごせるサードプレイス
北アフリカの家をイメージしたという温かみのある店内に入ると、男女問わず、さまざまな年齢層、国籍の人々が、お茶を片手に会話を楽しんでいました。
カウンター席には電源もあり、一人で黙々と作業に集中する人も。それぞれの人が肩の力を抜いて過ごしています。

「奥渋谷は、本当にいろんな方がいらっしゃいます。ここに来れば自分のバックグラウンドに関係なく、楽しく会話ができる。そういう場所をコーヒーの世界では“サードプレイス”といいますが、そんな場所を目指しています」と前寺さん。

「ニギハヤヒティー」では、王道の日本茶から、バリスタ目線で生み出された個性的な一杯まで、さまざまなお茶を味わえます。
看板メニューは、ドリップティーの『NIGIHAYAHI HOJI』と『煎茶〜神山〜』です。

『NIGIHAYAHI HOJI』はオリジナルブレンドのほうじ茶。静岡・春野の和紅茶と、愛媛・新宮の烏龍茶をブレンドし、日本茶の常識にとらわれない特別な焙煎を施しています。コーヒーのような香ばしさと心地よい甘みが広がり、温度が下がるにつれてベリーのようなフルーティーさも感じられます。
一方の『煎茶〜神山〜』は、静岡・春野のやぶきたを中心にブレンドした煎茶。日本人の口になじむ、すっきりとした味わいが楽しめます。
ニギハヤヒティーがこだわるハンドドリップ
ドリップティーの注文が入ると、まず茶葉をグラインダーで挽きます。挽いた茶葉をハンドドリップで抽出するのが、ニギハヤヒティー流のスタイルです。

グラインダーで茶葉を挽くことでドリップに適した形状になりますが、そのぶん渋みも出やすくなります。そのため、ドリップの前半は高温、後半は少し温度を下げてお湯を注ぎます。こうすることで、渋みが出過ぎないよう調整しているのだそうです。

お湯を注ぐスピードは、コーヒーよりもゆっくりめに。コーヒーのように粉が膨らむことがないため、お湯が抜けやすく、ゆっくり注いで茶葉にしっかり浸透させるのがポイントです。

ドリップティーに加えて、こだわりの「ティーエスプレッソ」も人気のメニューです。
静岡・春野のシングルオリジンの和紅茶をつかった、とろとろ、ふわふわな口当たりのティーラテ。ミルクのなかに漂う繊細な香りをゆったりと味わい、心がほぐれます。※「ティーエスプレッソ」に使用する茶葉は、時期によって変更となる場合があります。

そんな「ティーエスプレッソ」はバタースコーンやバナナケーキなどの焼き菓子とぜひご一緒に。

モーニングコーヒーならぬ「モーニングティー」もおすすめ。朝にぴったりの釜炒りのほうじ茶を味わえます。※2026年2月の取材時

また、店頭では看板メニューの『煎茶〜神山〜』や『NIGIHAYAHI HOJI』の茶葉も購入できます。

折れかけていた心を救った“お茶”の存在
研究し尽くされたおいしさと、前衛的な抽出方法。その両方に驚いていると、前寺さんは真剣な表情でこう語りました。
「邪道なお茶の淹れ方をしているのかもしれません。でも、お茶業界の先人の方たちに対して、『今までの淹れ方と違って、これがいいんだ!』と言うつもりはないんです。こういうやり方もある、という形で何か力になれたら。抽出方法によって新しい味わいを生むことができたらと。そんな気持ちで挑んでいます」

猿田彦珈琲で10年以上の年月を過ごしてきた前寺さん。バリスタからキャリアをスタートし、教育・人事・店舗統括・海外店舗の立ち上げなど、仕事は多岐にわたり、やがて猿田彦珈琲を代表する一人へと上り詰めました。
大きな試練が訪れたのは、台湾でのこと。台湾店オープンのプロジェクトを任され、生活のほとんどを台湾で過ごすことになりました。責任の大きな仕事でしたが、希望にも満ちていたそうです。
しかしその矢先、世界はコロナ禍に陥ります。6店舗ほどまで広げていた台湾の店舗は、やむなくすべて閉店することに。多くの現地スタッフが店を去っていきました。
「メンタルは強い方だと思っていましたが、この時はさすがにショックでした。いち社員では何もできない無力さを感じ、コーヒーを飲むことすらできなくなってしまいました」
そんな時に偶然口にしたのが、台湾の阿里山烏龍茶だったといいます。
「お茶は、このあたり(胸元を指しながら)がジーンとくるような感覚があって……。それがコーヒー漬けだった自分には衝撃的でした。リアルな花のような香りや、フルーツのような風味があるのも、おもしろいなと思いました」

この体験をきっかけに、お茶のよさを新しい方法で伝えたいと考えるようになった前寺さん。そして、自身で事業を行い、すべての責任を自分で負いたいという思いから、熟考の末、猿田彦珈琲を離れ、独立の道を選びました。
「いろんな人から『辞めるのはもったいない』と言われて(笑)。僕は、頭が悪いんだと思います」と柔らかく笑う前寺さん。しかし、その決意は固いものでした。現在「ニギハヤヒティー」ではさまざまな国のお茶を扱っていますが、今後は日本茶を中心に、さらに取り扱うお茶を増やしていきと話します。
「コーヒーの世界では、生産国に対してリスペクトを持つ文化があります。でも、日本茶は日本が生産国でありながら、身近にありすぎて“すごいものだ”という自覚が、それほどないように思うんです。実際、自分もそうでした。本来は誇るべきものだということを、これから多くの人に伝えていきたい。また、理想とする一杯をつくるには原料について知ることが大切ですが、日本茶は生産者がすぐ身近にいる点も魅力だと思いました」
お茶の新たな味わいを引き出すバリスタの視点
例えばコーヒーでは、生産国の異なる豆をブレンドすることが当たり前に行われています。日本茶も自由にブレンドしたら、新しい味わいが生み出せるのではないか。そんな発想から生まれたのが、和紅茶と和烏龍茶をブレンドした『NIGIHAYAHI HOJI』です。
また「このお茶の質感を“とろん”とさせてみたらどうだろう?」など、コーヒー業界にいたからこその視点が、前寺さんを次のトライへと導いていきます。

「いまの状況が、猿田彦珈琲の創業時にスペシャルティコーヒーが日本に広まり始めた頃とどこか重なって見えて、ワクワクしています。途方もない挑戦ですが、とにかくやりきること。やりきった先にこそ、新しい道があると信じています」
ちなみに店名の『ニギハヤヒ』は、『猿田彦』と同じく神話に登場する神の名前に由来し、二代目・猿田彦という説もあるそう。
「しもきた茶苑 大山」大山泰成氏との絆
「ニギハヤヒティー」の店内奥へと進むと、レトロな焙煎機が目に入ります。東京・下北沢の日本茶専門店「しもきた大山茶苑」でかつて使用されていたもので、オーナーの大山泰成(おおやま やすなり)さんからオープン記念に贈られたそうです。

「ニギハヤヒティー」で扱うお茶の焙煎を手がける大山さん。日本茶業界の重鎮でありながら、他の業界とのつながりも大切にしてきた人物です。前寺さんとは前職からの仲で、今ではお茶の師匠でもあります。
「大山さんのことは、勝手にお父さんみたいな存在だと思っています。僕の選択を聞いたときも、『大変な道だと思うよ』と諭しながら喜んでくれました。台湾の茶園で修行していたときには、特別な経験もさせてくれました」
目の前のお客さまを大切に
「これからのことは、まだあまり考えられていなくて。まずは、ここに来てくれたお客さまに『おもしろいね』『おいしいね』と思ってもらえることを最優先にやっていきたいです」と、地に足をつけて今後を語る前寺さん。革命児のポテンシャルを秘めながらも、丁寧にお客さんと向き合います。
期待の新生「ニギハヤヒティー」。創意工夫に満ち、進化を続ける一杯を、ぜひ楽しんでみてください。
取材・文=市原侑依
店舗情報
住所/東京都渋谷区神山町12−2 星野ビル1階
営業時間/土日月 11:00-19:30(19:00L.O) 火~金 9:30-19:30(19:00L.O)
定休日/不定休
Instagram @nigihayahitea






