そのぎ茶のストーリーを伝え、”想像を超える”お茶づくりを目指す〈岡田商会×西坂秀徳製茶〉【長崎 そのぎ茶ものがたりVol.6】

長崎県のほぼ中央に位置する東彼杵(ひがしそのぎ)町。大村湾を望み、海と山がよりそうこの土地では、長い年月をかけて“そのぎ茶”の文化が育まれてきました。海風がそっと抜け、温かな陽光が差し込む山の斜面には、茶畑が広がっています。その風土を背に、日々お茶と向き合う人たちがいます。
本連載『長崎 そのぎ茶ものがたり』では、この地でお茶に携わる人々の声を通して、産地の今とそのぎ茶の魅力をお伝します。

連載第6回では、茶商「岡田商会」の代表・岡田浩幸(おかだ ひろゆき)さん、営業担当の岡田泰樹(おかだ たいき)さん、そして茶農家「西坂秀徳製茶」の西坂秀徳(にしざか ひでのり)さんにお話を伺いました。

左から西坂秀徳さん、岡田浩幸さん、岡田泰樹さん

三者の立場は異なりますが、語られた言葉の奥には、産地を育て、未来へ繋げようとする共通の想いがありました。
そのぎ茶の歴史と魅力、そして、これからの展望とはーー

価格の基準が揺らぐ時代に求められるもの

突然ですが、お茶の価格の基準をご存知ですか?
岡田商会の看板商品「特上そのぎ茶」を例にみてみると──。
厳選した一番茶を丁寧な焙煎とこだわりの合組で、そのぎ茶特有の旨みが凝縮した逸品であるにも関わらず、100グラム1,080円と手に取りやすい価格です。お茶の価格は実に幅広いものですが、岡田商会では長らく100gあたり1,000円前後を目安にお客様に提案しているといいます。

お茶の価格は、消費者にとっても生産者にとっても重要な要素。茶商には、独自の目利きをもって茶葉の“価値”を見極め、消費者・生産者の両者が納得する価格での取り引きが求められます。
しかし今年(2025年)、その価格基準が揺らぎ始めていると泰樹さんは感じているようです。

泰樹さん「緑茶を取り巻く環境が大きく変わり、市場全体が大きく動き始めました。まさに今年、新しい時代に突入した感覚があるんです」

緑茶の価値を左右する“背景”が重なるように変化し、価格にも大きく影響しているといいます。特に近年顕著なのが、抹茶需要の世界的な拡大です。抹茶の原料となる高品質の碾茶(てんちゃ)は生産量が限られているため、需要の増加がそのまま価格上昇の圧力となっています。
さらに、ペットボトルの緑茶飲料の需要も加わり、その原料である茶葉の引き合いは右肩上がりです。
そこへ、生産者の高齢化や後継者不足による国内生産量の減少が重なり、茶葉自体が希少になりつつある等、複数の変化が同時に押し寄せ、価格基準の揺らぎにつながっている状況です。

その一方で、急須で淹れて飲むリーフタイプの煎茶の消費量は年々減少。昔から続いている本来のお茶の価値を上げていくには、“おいしい”だけでは足りないと西坂さんは話します。

西坂さん「どんな畑で、どんな想いで作られたお茶なのか。そうしたストーリーが伝わってはじめて、価格に納得していただけるんじゃないかなと思います。特に長崎は日本で一番最初にお茶が伝わった場所と言われています。そういう歴史が繋がって今があるのだということを、私たち長崎の生産者は心に留め、伝えていくべきです」

京都の僧が中国から茶の種を持ち帰り、最初に辿り着いたのが長崎県平戸市。薬として扱われていたお茶を、一般の人々が飲めるように広めたのも長崎の人々だったといいます。
さらに東彼杵町は、海沿いに茶畑が広がる全国的にも珍しい産地です。大村湾という内海に守られ、塩害が少なく、嬉野と山続きの地形が茶の生育を後押しします。

「大村湾が外海だったらここまでお茶の栽培に適した環境にはならなかったと思います」と泰樹さん。
産地としての自然条件は、まさに奇跡的なバランスの上に成り立っているのです。
守り繋ぐべきストーリーを秘めるそのぎ茶。ここからは茶商・茶農家それぞれの立場から生まれるストーリーを深掘りします。

岡田商会が果たす“つなぐ役割”と“供給責任”

1953年に創業した岡田商会のルーツは、戦前に存在した「長崎縣製茶株式会社」にまで遡ります。当時は複数の茶商が集まり、東彼杵町の茶を取り扱っていました。戦後にそれぞれの茶商が独立し、現在の岡田商会が誕生しました。

当時のお茶は、現在のような小売りだけではなく、物々交換に近い形でも取り引きされ、生活に溶け込んでいたといいます。路線バスのアナウンスでは「お茶問屋 岡田商会前」と流れていたほど、町に根付く存在でした。
代表の浩幸さんは、もともと家業を継ぐつもりはなく、オーガニックレストランでシェフとしての道を歩んでいたそう。27歳の時に家業を手伝ってほしいと両親から声がかかり、右も左も分からない状態でお茶の世界に足を踏み入れました。

浩幸さん「帰ってきて初めて飲んだお茶が“あさつゆ”という品種だったんですが、色が綺麗で甘みが強くて、お茶ってこんなにおいしいんだ!とびっくりしました。そこから、自分の手でおいしいお茶を作りたいという想いが芽生えました」

岡田浩幸さん(左)と岡田泰樹さん

泰輝さんは取材中、“供給責任”という言葉を何度も口にしました。茶商である岡田商会には、農家とは違った立場ならではの責任があるといいます。

泰樹さん「お客様からお茶を求められたときに納められない。あるいは、味がその都度ぶれてしまう。これは製茶問屋として致命的です。だからこそ、量・価格・品質のすべてを安定して保ち続けることが、私たちの根幹であり使命だと考えています」

続けて泰樹さんは、製茶問屋ならではの“つくる喜び”についても語ってくれました。

「生産者さんのように“シングルオリジン”が持つ個性や魅力にはかないません。しかし、複数のお茶を組み合わせて一つの味を立ち上げる作業には、シングルオリジンでは辿りつけない醍醐味があるんです。産地や品種の違う茶葉を見極め、調和させ、理想の味に仕上げていく。そのプロセスには、製茶問屋としての誇りやプライドが自然と芽生えてきますね」

浩幸さん「岡田商会は釜炒り茶からはじまり、新しい品種の登場とともに蒸し製玉緑茶、かぶせ茶と製法・味も変化してきました。まずは自分たちが飲んで“美味しい”と思えること。その上でお客様に届けたい味をつくっています」

西坂秀徳製茶のブランドで勝負するために

西坂さんがお茶づくりを始めたのは18歳のころだといいます。
西坂さん「親から継げと言われたことはないと思うんですけど、でも、父がいつもニコニコ働いている姿を見て、楽かなと思った(笑)。その頃はどこにこれだけの量が出ていくのかなと思うくらい、お茶がバンバン売れてた時代でしたからね」

実際には楽なことばかりではありませんでしたが、誰に強制されることもなく、自然な流れでお茶づくりの世界へ。
意識が大きく変わったのは、“深蒸し茶”と出会った時でした。
西坂さん「お茶マイスターの認定を受けている叔父・中山義久さんから、『深蒸しやってみんか』と言われ、試してみたらすごくハマったんです。深蒸しにすることで、また違った個性が生まれる。そこが面白くて」
深蒸し茶は西坂さんの代名詞となり、個性あるお茶づくりへとつながっていきました。

やがて西坂さんは「そのぎ茶振興協議会」に所属し、東彼杵町の茶を、ブランド茶「そのぎ茶」へとアップデートするための活動にも奔走するように。「そのぎ茶振興協議会」が発足した1987年頃、そのぎ茶は「八女茶」や「知覧茶」など他産地の知名度に押され、ほとんど知られていなかったそう。

西坂さん「当時イベントに出たとき、お客さんから『私は八女茶を飲んでるから』と冷たく言われたこともありました。実際飲んでもらったら、あっ!と驚いてもらえるんですが、ブランド力で完敗してまったなと悔しい思いをした時もありました」

その後、コツコツと広報活動を積み重ねて、そのぎ茶は徐々に全国へと浸透していきました。2017年に開催された「全国茶品評会」でそのぎ茶が入賞したのを機に、そのぎ茶への注目度は一気に高まりました。

西坂さん「『おいしかったです、また頼みます』。その言葉だけで充分ですが、受賞をきっかけに遠方からリピートして買ってくださる方も増えて、さらに励みにになっています」

品評会受賞の先にある課題

そのぎ茶はこの十数年、産地全体の力が結集し、品評会や日本茶AWARDで数多くの賞を受賞してきました。その流れの中で、長崎で全国茶品評会が開催され、そのぎ茶が日本一に輝いた年に奇しくも岡田商会が日本茶AWARD最高賞である「日本茶大賞」 を受賞しました。

浩幸さん「日本茶AWARDの受賞は自分たちが築いてきたものが間違いではなかったと評価していただいた瞬間でした」

それから全国品評会で、東彼杵町からの受賞が相次ぐ事で、そのぎ茶の知名度も一気に広がっていきました。しかし、栄誉の先にこそ見えてくる課題があります。賞を重ね、注目されるほどに、産地としての次の一歩が問われ始めました。

泰樹さん「当時は反響が本当に大きかったんです。でも、あれから10年近く経ち、受賞すること自体が当たり前のように受け取られ始めている。むしろ、いまは『さらに上を』と求められている状況です」

評価される味が固定化されると、産地全体が同じ方向を向き、似た味を目指しがちになります。そのぎ茶がさらに進化するためには、既存の枠の外へ踏み出す力が不可欠だと泰樹さんは語ります。

泰樹さん「一口にそのぎ茶と言っても、香りも味わいも作り手によってまったく違う。その個性がもっと伝わるような、お茶づくりを意識しています」

西坂さんも「沈下しないように、進化し続けていきます!」と、前向きに言葉を続けました。

三者が描く“これから”の姿

さまざまな茶業者が競い合う中で、個性がなければ埋もれてしまう時代。これからどのように「自分たちらしさ」を磨いていくのでしょうか。

西坂さん「私は、消費者との関わりを大切にしていきたいなと思っています。その時間を作るのにエネルギーはいるんですが、そこからヒントや力をいただけるので。自分が今までの経験から得た感覚で、試行錯誤しながらオリジナルティーあふれるお茶づくりに取り組んでいきたいですね」

浩幸さん「私たちは、これからも第三者からの評価は大切にしていきたいです。ただ、お客さんの好みも変わってきているので、煎茶だけじゃなく、抹茶、発酵茶、フレーバーティーなど、さらにジャンルを広げていきたいと思っています」

泰樹さん「品評会での評価は、日頃のお客さまに支えていただいてこそ成り立ちます。急に結果が出るものではありません。受賞とファンづくり、その両方の積み重ねでブランドが育つと思っているので、応援したくなるようなお茶屋さんを目指していきたいなと思っています」

海のそばに広がる茶畑。世代を超えて受け継がれる技。それだけではなく、未来へ向けて個性とブランドに磨きをかけていくための挑戦がそのぎ茶をさらに新たなステージへと導きます。

茶商と茶農家という立場は違っても、三者に共通していたのは「そのぎ茶の魅力をより深く、より広く届けたい」という願い。静かに風の吹く東彼杵町から、今日もまた新しい物語が生まれています。

取材・文=田中すみれ、写真=松本靖治、編集=市原侑依

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岡田商会
https://sonogi-okadacha.com

西坂秀徳製茶
https://shop.nishihide.co

“そのぎ茶と東彼杵町”の魅力を体感できる特別イベント「長崎 そのぎ茶コレクション2026 in 東京」を、2026年1月24日(土)・25日(日)の2日間、東京・丸の内で開催します!

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