お茶の町、東彼杵町(ひがしそのぎちょう)。長崎県の中央にある、人口およそ7300人ほどの小さなこの町は、十数年前まで「通りすがりのまち」と言われていました。
空港と都市部を行き来する途中にあるだけで、人が集うようなお店やイベントもなかったのです。
それが今となっては、町の交流拠点を中心に、カフェや雑貨屋、フレンチレストランなど、数々のお店が立ち並んでいます。
そうした町の”動き”に引き寄せられた人が、ひとり、またひとりとこの町へやってきます。

今回お話を伺ったのは、2025年11月に東彼杵町へ移住した大里陽子(おおさと ようこ)さん。
これまで30年近く中国に住んでいた大里さん。2年ほど前に帰国してからは日本各地を巡り、自分にぴったりの移住先を探していたと言います。
大里さん「日本は素晴らしい国ですよね。どの地域も人が温かくて、ご飯がおいしくて、景色もきれい。だけどそういった部分だけでは移住先を決めることができませんでした。でも、東彼杵町には『自分のやりたいことを叶えられるかもしれない』という可能性を感じたんです」
そんな大里さんの心を掴んだ東彼杵町は、これまで住んだ町とどう違ってみえたのでしょう。
今回の記事では、移住者の視点で見た東彼杵町の魅力や可能性についてご紹介します。

人生を変えた茶道との出会い
大里さん「人生の半分以上を海外で暮らし、日本文化に対しては並々ならぬ興味と憬れを抱いていました。日本がとにかく大好きで、茶道に始まり、華道や香道もかじり倒し、北京の自宅には日本庭園風の庭まで手作りしてしまいました」
28歳で中国に移り住んだ大里さん。北京の幼稚園で先生として働いていた当時、ひょんなことからお茶の世界に興味を持ち始めます。
大里さん「着物で遊びに行きたいと同僚に話したところ、それなら茶道を習ってみたらと薦められ、茶道教室へ見学に行きました。堅苦しさが一切ない楽しい雰囲気のなか、さまざまな国の人が集い、とても熱心にお稽古をしていました」
この体験をきっかけに茶道の流派「裏千家(うらせんけ)」に入門した大里さん。
2025年に逝去された前家元・千玄室(せん げんしつ)大宗匠が国際的な平和活動を中国でも展開していたため、大里さんも中国各地で行われた様々な親善記念行事に随行する機会にも恵まれ、何度も間近でその精神に触れることができたそうです。
長崎に移住した理由の一つには、そんな千玄室大宗匠の影響もあったと言います。
大里さん「千玄室大宗匠は平和祈願にその生涯を捧げた人でした。一方で長崎も平和都市宣言をしていて、どこよりも平和について深く考えている。これって千玄室大宗匠と繋がっているなと長崎にご縁を感じたんです」

さらに、茶道の奥深さについても教えてくれました。
大里さん「茶道は日本文化の総合体と言われますが、まさに一生かかってもわからないことだらけ。だからおもしろいんです。お茶室では、身分や年齢、社会的地位がフラットになり、どんな人でも平等に受け入れる。さらに、掛け軸や花、釜の音には、自然や時間の流れが表現され、お茶を飲むために幾十の思いを込める。茶道ってなんて奥が深いんだろうと思います」
そんな「茶道を愛する気持ち」をきっかけに、長崎に惹かれ、やがて東彼杵町へと導かれていきます。
地域おこし協力として「FORTHEES」の一員に
理想の移住先を求めて、お茶の産地や移住先として人気が高い町などを30ヶ所ほど訪れたという大里さん。
そんな中、大里さんの目に留まったのは、「東彼杵町 地域おこし協力隊募集」の文字。
ミッションは、「FORTHEES(フォーティーズ)」の一員として、お茶の栽培や製造技術を学んだり、お茶を活かした観光コンテンツを生み出すことでした。
「FORTHEES」は「ふくだ園」の福田新也さん、「中山茶園」の中山公輔さん、「長崎そのぎ茶ものがたりVol.3」に登場した「大山製茶園」の大山良貴さんと「おのうえ茶園」の尾上和彦さんの4名が共同で抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)の工場を運営し、そのぎ抹茶の生産に取り組んでいます。

大里さん「FORTHEESに関することを調べ、すぐに東京・有楽町の長崎移住センターへ駆け込み、翌日には東彼杵町の担当者と話をすることができました」
大里さんは「FORTHEES」の活動を知り、ここだと感じ、この人たちと絶対に働きたいと思ったのだそうです。
大里さん「この世に出ているであろうFORTHEESの創業者たちについての記事や動画はすべて見ましたね。内容までほぼ記憶していたので、周囲からは知り合いなんですか?とまで言われました(笑)。FORTHEESの付加価値の創出やストーリー性におもしろさを感じ、こんな優秀なお茶農家さんたちから学べるなんて、こんなチャンスは二度とないと感じたんです。優秀な人と一緒にいれば自分も優秀になれそうな気がして。そして、きっと町の人も優秀に違いないと思いました」

東彼杵町で感じた「町民の誇り」
大里さんは、東彼杵町を気ままに歩く中でも、たくさんの魅力あふれる町民に出会ったと言います。
大里さん「東彼杵町に住んでいる方たちは、自分たちの町を心から愛している方が多いなと感じました。あるお店の奥さんは、『私はこの町が大好き。ほんといい町よ』って幸せそうに言ってて。一日中お茶の話をできるのもすごい町だと感激しました。そして、東彼杵町は、みんなが町に対して誇りを持っていると感じました」
『小さくても誇りを持って輝くまち』。
これは東彼杵町の役場に大きく掲げられているスローガンです。
大里さんが感じたことは、まさにこの町を表す言葉でした。
町や人々の魅力に加え、大里さん自身のお茶への情熱や経験を活かせる可能性を感じたのも東彼杵町への移住の決め手だったそうです。
大里さん「東彼杵町以外にも、いろいろなお茶の産地を巡ったんですけど、有名な産地はすでに“完成されている”印象でした。ほとんどのことは既に誰かがやっていたんです。一方で、東彼杵町は、新しい風を受け入れてもらえる雰囲気があり、自分のお茶に対する知識や茶道の経験が活かせるかもしれないと思いました」

その後、意を決して「東彼杵町 地域おこし協力隊」に応募した大里さんは、見事採用が決まり、2026年12月から活動が始まりました。任期は最長で3年間となります。
2026年11月に移住した大里さんは、さっそく東彼杵町に訪れた人に向けて大好きな茶道を披露していました。
「やりたいことは100個くらいある!」と目をキラキラさせる大里さんのこれからが、とても楽しみです。
読むほどに長崎の“そのぎ茶”が好きになる特別連載「長崎 そのぎ茶ものがたり」。
どうぞ最終回の記事もお楽しみに。
取材・文=田中すみれ、写真=松本靖治、編集=市原侑依
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連載第2回では、東彼杵町の素敵なお店を紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。
“そのぎ茶と東彼杵町”の魅力を体感できる特別イベント「長崎 そのぎ茶コレクション2026 in 東京」を、2026年1月24日(土)・25日(日)の2日間、東京・丸の内で開催します!





