長崎県東彼杵町で育まれる茶商と茶農家の穏やかな絆〈まるせい酒井製茶×近藤農園〉【長崎そのぎ茶ものがたりVol.4】

海と山に囲まれた長崎・東彼杵町(ひがしそのぎちょう)で生まれる「そのぎ茶」。
本連載『長崎 そのぎ茶ものがたり』では、この地でお茶に携わる人々の声を通して、産地の今とそのぎ茶の魅力をお伝します。

長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町。この町ならではの製法で作られるブランド茶「そのぎ茶」は、地域産業の大部分を占めています。
町には昔から茶業を営む茶商や農家が多くいるなかで、連載第4回は新進気鋭のふたり、「まるせい酒井製茶」の酒井祐志(さかい ゆうじ)さんと、「近藤農園」の近藤徳重(こんどう のりしげ)さんの対談をお届けします。
酒井さんは「茶商」、近藤さんは「茶農家」と立場の違うふたり。しかし、そのぎ茶を世に広めるため、おいしさを追求する志は同じです。それぞれのスタイルや、お茶の世界に入った当時のエピソードなど、おふたりならではの話を聞きました。

近藤徳重さん(左)と酒井祐志さん

3代目として茶業を継承する茶商と茶農家

お互いの存在は以前から知っていましたが、実際に会うのはなんと取材日が初めてだというふたり。
酒井さん「(近藤さんに対して)想像通りの好青年ですね!」
近藤さん「いやいや、中身はわかんないですよ〜(笑)」
と冗談を交わし合う、和やかな雰囲気から対談がスタートしました。
「まるせい酒井製茶さんは、祐志さんに代変わりしてから新しい感性が加わって、パッケージもすごくオシャレになりましたよね。世代交代がうまくいっているんだろうなと注目していました」と語る近藤さん。

「まるせい酒井製茶」の歴史の始まりは、1940年。祐志さんの祖父である清(きよし)さんが製茶業に従事し始めたことがきっかけでした。それから7年後には独立して茶畑と荒茶工場を所有し、1948年に現在の前身となる茶問屋を創業。2015年に祐志さんが3代目として後を継ぎました。「まるく清らかに」をモットーに、3代にわたってこだわりを磨き続けています。

まるせい酒井製茶の店内に飾られた先代の写真

「近藤農園」は、徳重さんの祖父である竹重さんが茶畑を開いたのがはじまり。2代目の賢治さんの代に、4軒のお茶農家が集まって「萌香園(ほうかえん)」という共同工場を作り、”自園自製の茶農家”としてスタートを切りました。
その3代目である徳重さんは、日本茶コンテストの受賞歴も持つ、今波に乗る若手茶農家です。
奇遇にも互いに「3代目」同士。家業を継ぐまでは、それぞれどんな道のりがあったのでしょうか。

お天気お兄さんではなく、お茶のお兄さんに

長男である近藤さんは、「いつか後を継いでほしい」という両親からの期待を感じながらも、幼い頃から興味のあった「気象」についての学びを深めようと、大学に進学しました。
「親の決めたレールに乗せられるのが嫌だったのかもしれないですね」と振り返ります。
当時は気象予報士を目指して、研究室で学びを重ねていた近藤さん。茶農家としての将来について考えてもいなかったと言います。
そんな近藤さんに、転期が訪れます。

近藤さん「自分の家で作っているお茶を大学の友人に飲んでもらったとき、『ああ、美味しいね』って言ってくれたんです。素直に嬉しくて、誇らしかった。それまでは、若い人ってそんなにお茶を飲んでるイメージはなかったんですが、好きな人は好きなんだということに気づきました。お茶農家の道を考え始めたのは、それからですかね」

「始めるなら、なるべく若いほうがいいと思ったんです」と近藤さん。大学卒業後すぐ実家に戻り、茶農家としての道を歩み始めました。
右も左もわからないところからのスタート。1年ほど両親から農業を学び、次の一歩として、静岡県にある「農研機構 野菜茶業研究部門」の研修に行くことを決めました。
「農研機構 野菜茶業研究部門」は日本全国の茶業や野菜農業を支えるために、生産・加工・品質改良・機械化・環境対策など、幅広い研究を行っている研究所です。

近藤さん「ちょうどその頃、自社の茶葉の単価が下がり始めていたんです。このまま茶業を続けても、きっと行き先が厳しくなる。突破口を見つけるには、自分がそもそも農業についての学びをきちんと深めないと思い、2年間、他の茶農家の方達と農業の勉強をしました」

そこで一番に感じたのは、「これからは、こだわりを持つ生産農家が求められる時代にある」ということ。お茶を作れば作るだけ売れる「大量生産・大量消費」の時代が終わり、お茶は嗜好品へと変化して行きました。ただお茶を生産するだけでなく、自分たちならではの「味」と「香り」にこだわり続けることの大切さを身に染みて感じたと言います。

近藤さん「研修の学びを持ち帰って、自分の農園がある”赤木”という土地の温暖な気候を生かした早生系の優良品種の導入を進めたり、品種の組み合わせを考えて植え替えをしたりしました。他にも、お茶は永年作物なので、他の作物に比べて土づくりが重要なんです。持続的にいいお茶を収穫できるよう、有機質の資材や肥料を使うようにしました。お茶の木にとっても、環境にとっても負荷の少ないお茶作りを続けていきたいですね」

「”お天気お兄さん”じゃなくて、”お茶のお兄さん”になってしまいましたね」と笑う近藤さん。天気予報士を目指した”お茶のお兄さん”が作るそのぎ茶が今、茶商やお茶ファンの心を晴れやかにしています。

兄弟一丸で守り抜いた酒井家の家業

「僕も最初は継ぐつもりはなかったですね」と酒井さん。高校を卒業後、食品メーカーに勤めてからは、真面目に仕事に打ち込み、管理職まで登りつめたと言います。ですが当時の労働環境は、決して満足いくものではありませんでした。
酒井さん「朝8時半に出勤して、帰りは深夜1時を過ぎることがザラにありました。ストレスは相当溜まってましたし、私が帰ってきた時には子供達はもう寝てるんです。何より、子供たちと触れ合えない寂しさが一番つらかったですね」
そんな時、70歳に差し掛かろうとする両親から、家業を閉めようとしていると話がありました。兄弟を集め、家族全員で話し合いをしたと言います。
酒井さん「親父たちは辞める方向でいたんですけど、お得意さんに対して申し訳ない気持ちはあったみたいです。まだ機械も動くし、仕入れたお茶はまだあるし、じゃあ続ければいいんじゃないかと思って、自分が動きましたね」

代々愛用されてきた、まるせい酒井製茶の茶碗

酒井さんは、5人兄弟の三男。他の兄弟はみんな公務員だったため辞めづらいのではと思い、民間企業に勤めていた自分が家業を継ぐ決断をしたと言います。その時、酒井さんは兄弟にとあるお願いをしました。

酒井さん「『自分だけではせんけんね(しないからね)』とひとこと言いました。見て見ぬ振りしないで、サポートはしてねって。兄弟5人、それぞれ得意なことがあるので、仕事を割り振って、無駄な経費は一切使わないようにしたんです。ホームページを作ってもらったり、営業をかけてもらったり、できるだけ自分たちのことは自分たちでするように」

家族のことは、家族みんなで考える。時にはぶつかりあったりしながら、そうしてチーム一丸となって家業を支えるうちに、経営は徐々に黒字に回復。「自分で言うのもなんですけど、結構頑張ったなと思いますね」と誇らしげな表情がこれまでの努力を物語っていました。

お茶作りに対する茶農家と茶商の視点

茶商と茶農家。それぞれ業種の違いから、仕事のやりがいの感じ方や目指すものなどの違いはあるのでしょうか。

近藤さん「自分たちの直接の商売相手は茶商さんなんで、茶商さんから喜ばれるものをと思ってお茶作りを続けてきました。今後はそのことも大事にしながら、消費者の方の”おいしい”も追求していきたい。それで嬉しい反応をもらうと、がんばって生産しよう!という気持ちになりにますからね」

まるせい酒井製茶の工場にて

酒井さん「茶商の私がやりがいを感じられるのは、季節ごとにブレンドの楽しみがあるところですかね。私が継いでから、今まで取り扱ってこなかったような品種も試しているんですが、夏は爽やかな味わいにしようとか、今の秋の時期だったら旨味や深みを感じられるものを作ろうとか。農家さんが作ってくれた品種をいかにブレンドして、多様な味を出していくのかが、茶商にとっての醍醐味です」

二人が目指す「そのぎ茶」とは

近い存在でありながらも、それぞれのやりがいをモチベーションに奮闘する茶商と茶農家。
今後はそれぞれどのようなスタイルで「そのぎ茶」の高みを目指していくのでしょうか。

近藤さん「自分が美味しいと思ったお茶が、世の中でどの程度評価されるのかを確かめるようにしています。お茶は嗜好品なので、飲む人によって感じ方って人それぞれ違う。なので、どれがいちばん美味しいっていうのは決められないと思うんですけど、私は自分の舌を世の中の人たちと擦り合わせる作業の必要性を強く感じています」

近藤農園の茶園にて

そんな想いから、近藤さんは2023年の「日本茶AWARD」に自身のお茶を出品しました。
「日本茶AWARD」は、従来の日本茶の品評会とは違い、審査員だけではなく一般消費者も審査に参加します。そのため、実際に“飲む人”や“買う人”からの評価を知ることができるのです。

近藤農園の商品。一番左が「たまゆら」

「日本茶AWARD」に出品したブレンド煎茶「たまゆら」は見事に審査員奨励賞を獲得。個性や創造性が際立ち、審査員の印象に強く残ったお茶に送られる賞です。近藤さんにとってこの体験は、自身のお茶作りに対する確信とさらなるチャレンジ精神を得る出来事となりました。

一方、酒井さんは、SNSを巧みに利用して、そのぎ茶の新しい楽しみ方や人とのつながりを増やしています。
例えば粉末茶でラテを作る、炭酸に粉末茶を入れてドリンクを作るなど、ただ急須で淹れるだけでないお茶の新しい楽しみ方を発信。他にも、茶殻を使ったキャンドル作りの様子や、ハーブや梅の花など様々な食材とお茶のマッチングなど、試してみたいアイデアを次々投稿しています。
発信だけでなく、情報収集も上手な酒井さん。SNSを通して知り合った方と協力して、商品開発やコラボなどの企画へ発展することもあるそう。その一つが「Chabacco(ちゃばこ)」です。

「世の中を、茶化そう」というコンセプトに生まれた「Chabacco」は、たばこに見立てたパッケージにそのぎ茶を詰め、自動販売機で販売しています。一箱に8スティックの粉末茶が入っており、お湯や水に溶かすだけで手軽にそのぎ茶が楽しめる商品です。その面白いデザインから、若い方に好評だそう。

Chabaccoの自動販売機

他にも、茶業に関わる人とのつながりを広めるため、SNSを通して繋がった他産地の茶農家のところへ勉強に行ったり、産地を越えてタッグを組みキャンペーンを開催する取り組みも。

酒井さん「違う産地のお茶を味わうことで、まだ知らないお茶の魅力に気づくことがあります。実際に飲んでみて買うこともあるし、昔ながらのやり方でうちの商品とお相手の商品をぶつぶつ交換することもありますよ。一般的にはライバル関係かもしれませんが、自分はいろんな方とオープンにつながっていきたいですね」

3代目という看板を背負いながら、それぞれの持ち味と独自のアイデアで“そのぎ茶”を盛り上げていく酒井さんと近藤さん。従来の方法から一歩先へ踏み出したお茶づくりを通して、町の未来を育てる歩みに、これからも注目です。

取材・文=田中すみれ、写真=松本靖治、編集=市原侑依

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まるせい酒井製茶
https://sonogi-sakaicha.com

近藤農園
https://kondonoentea.theshop.jp

連載第3回の記事もぜひご覧ください。「大山製茶園」の大山良貴さんと「おのうえ茶園」の尾上和彦さんにお話を伺いました。

“そのぎ茶と東彼杵町”の魅力を体感できる特別イベント「長崎 そのぎ茶コレクション2026 in 東京」を、2026年1月24日(土)・25日(日)の2日間、東京・丸の内で開催します!

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